小林麻央さんがお亡くなりになられたと、今日市川海老蔵氏のブログを拝見して察しました。

その後、Yahooニュースでも昨夜『死去』されたと明言しています。
本日、14時半から夫である市川海老蔵氏の会見があるそうです。

毎日blogを拝見していた者としては、残されたお子様たちへの心の傷の深さは如何ばかりかと想像を絶します。
残して逝かれる身にとっても残されて今後も生き続ける者にとっても、絶対的な別れは、本当に辛いものです。
麻央さん34歳、あまりにも若すぎます。思い残すこと幾許かと・・・。
美しいままこの世を去られました小林麻央さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
合掌。

 

 

私も8つ上の兄を癌で亡くしています。30年以上も前の話です。
当時まだ兄は40歳になる前でした。
壮絶な、3年間の闘病生活の果て、最期まで生きることへの希望は捨てていませんでした。
燃え尽きるようにして、亡くなっていきました。
いろんな事情で、当時は私と母と兄の婚約者の3人でローテーションを組んで側についていました。

亡くなった後の母ですが、最愛の息子を亡くして、本来ならただただ泣き崩れ亡骸に寄り添うはずですが、何故か母は兄の側でじっとしていられず、あちらこちらと動き回っていました。他の者に言いつければいいのに近所のお店に何か買い足しにも行っていました。親戚の叔母さんに、じっと座っているように嗜められたことがあります。

最愛の人を亡くした人の気持ちは本人でなければ計り知れません。
母はきっと現実を受け止めることが辛過ぎて少しでも動いていなければ心が持たなかったのではないでしょうか。
亡くなった直後は実感がわかないのです。気の張りの残骸からか、実感がわかないのです。
ある日突然、愕然と骨身に沁みて実感するのでしょう。
愛する者を亡くした経験がある人なら理解できる感情でしょう。
子供を亡くす親の気持ちは私の次元では想像するしかありませんが。

 

 

時折、海老蔵氏を批判するコメントを目にすると、絶句してしまいます。
気に入らないなら無視すればいいのに、わざわざコメントを書いてまで批判する人たちの気持ちが分からない。
気持ちが分からない、というよりも人間性に理解に苦しみます。

以前心理学を勉強した時に

自分が嫌いな人、合わないなという人、怒りを感じる人への感情は、自分への感情だと勉強しました。

相手がしていること、気に入らないことは『自分の中で、自分に許していない部分』だそうです。

海老蔵氏を批判している人の心の中の感情は、本来なら彼のように自分もそうありたい、そうあろうとすることを自分に許していない、ということでしょうか。

『生まれる場所が違ったら、彼のように自分も生きてみたかった』という深層心理なのでしょうか。
妬み以外何物でもないではありませんか。

人がどう在ったっていいじゃありませんか。
人がやりたい事をやったって構わないではありませんか。
それが犯罪でない限り。
人の人生を否定するほど、ご自身の人生はどれだけ立派なのでしょう。
ってか、人を批判するだけの人生が立派なはずはありませんね。

過ぎた過去のことを、鬼の首を取ったかのように当事者でもないのにあげつらって怒りをもって批判する人の気持ちが分かりません・・・。

そんな人、周りに居ませんもの。

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